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「失われた時間と見出された音」

 

 クラシックでピアノと言えばショパンです。もちろん他の作曲家にもたくさんのピアノのために書かれた名曲がありますが、昔も今も「ピアノはショパン」これはなかなか揺るぎません。短い生涯で作曲した作品のほとんどがピアノ独奏曲であり、さながら一生をピアノに捧げたかのよう。その作品何れもが見事な詩情を湛えた傑作であり今も世界中で愛奏されております。
 ……愛奏。そう、ショパンの曲ほどピアニストに愛されている曲は無いでしょう。楽想の素晴らしさは言うまでもないのですが、演奏してみて初めてわかる驚くべきその魅力、指と腕、いや全身を使い鍵盤やペダルを叩き操作する時のフィジカルな快感はショパンがダントツと多くのピアニストが語っておるところ。「これは私のために書かれた曲だ!」と感極まって叫ぶ人も後を絶たず。ぜんぜんピアノが弾けない私には激しく羨望を感ずる話です。それだけに、昔から数多くの名演奏が録音されてきました。慎み深くそっと愛情を捧げるかのような可憐なものや、曲を自らの物にして大胆な解釈を鳴り響かせるもの……今回ご紹介させていただきますのは4人のピアニストの演奏を収録した一枚。いずれもレアな、しかし忘れるにはあまりに惜しい見事な演奏ばかりで、貴重なアナログ盤(LPと一部SP)から復刻したものです。

 

 

 

画像その1

 

 

 

 なんともハイセンスなジャケット。タイトルもイイです「ショパン演奏の秘かな愉しみ」。ブニュエルの映画のタイトルの引用ですね。サブタイトル「失われた美意識を求めて」はプルースト、英語タイトル「A Spoonful of Chopin’s Secrets」はメリーポピンズでしょうか? 選曲復刻にアートワークまで手掛けているのが夏目久生さん。AORユニット「カラテジャパン」を主宰する一方、古いピアノ演奏のアナログ盤を蒐集し日夜鑑賞と研究、盤磨きに打ち込まれるお方です。最大級のリスペクトを捧げたい! では、さっそく順番に聴いてゆきましょう。

 

 

 

画像その2

 

 

 

 マリー・パンテ。この暖かく親しみのこもった音色! 前奏曲「雨だれ」では軒から落ちる雨の滴のように延々とA♭の連打音が続きますが、パンテが演奏するとその一音一音がすべて微妙な変化を帯び美しく響くのです。形は違うけれどどれも甘くて美味しい葡萄の粒を一つずつ楽しみながら口にする感じ、と言えば多少はお伝えできるでしょうか? 19世紀フランスの濃密な香りを現代に甦らせてくれる演奏と思います。19世紀なんて体験したことのない20世紀生まれの私が聴いて思わず「懐かしい!」と思ってしまうこの魅力。彼女が世を去った時にスイスで発売された追悼盤(LP)からの復刻で、「雨だれ」は1953年、パンテ80歳ころのラジオ放送用の録音です。

 

 

 

 

画像その3

 

 

 

 魔法使いめいた何とも素敵な風貌のヴィクトール・ジル。1884年生まれですからマリー・パンテより10歳以上若いです。このくらいの世代になると私たちの時代に通じるようなキッチリした演奏がされるようになってくるのですが、ジル師は凄いです。モロにロマンティック。大曲「幻想曲」では溢れかえる様々な楽想を壮大なスケールで描いてゆきます。速いパッセージの風を切るようなスピード感、フォルテで叩く時のドカーンとくる迫力(デカい音なのに全然うるさくならない不思議)、10分があっという間!
 ヴィクトール・ジルは音楽院でピアノの勉強をしたと言うだけでなく、ショパンが生きていたころ、その友人たちであったドゥリューやマルモンテルと言った大先輩ピアニストたちに子供のころから可愛がられ多くを学んだ人なのです。

ショパンは厳めしい教師ではありませんでした。人に教える時も相手を友人、仲間として親しく交流したと言われます。その、技術のみならぬ人と時代にあった空気や匂いを継承したのが彼、ヴィクトール・ジルだったのです。「幻想曲」は1950年代、彼の名が忘れられてしまったころに録音されたものです。

 

 

 

画像その4

 

 

 

素晴らしくカッコ良い精悍な顔立ち。ショパンの生地ポーランドもフランスに劣らず多くの大ピアニスト、偉大なショパン弾きを輩出しましたが、その中にあって一際個性的な輝きを放つのがこちらスタニスワフ・ニージェルスキです。パンテやジルの演奏が、ある時代、ある場所と密接に関係する何かを感じさせるとすれば、ニージェルスキはロマン主義のもう一つの側面である「さすらいの心境」「ここではないどこか別の場所への憧れ」が満ちていると言えるでしょう。
 例えば民族舞踏にインスピレーションを得て数多く作曲されたショパンの「マズルカ」。切れ味の良い打鍵で即興味豊かにまさしく踊るようにして奏でられるニージェルスキの演奏は、曲をバラバラにほぐしつつ同時に組み立てなおしてゆくようでもあります。そうして明らかになるのは、天才ショパンが「マズルカ」という小品に盛り込んだアイデアの斬新さ。ポーランド舞曲の響きはハンガリーやチェコの音楽に、さらに東欧全域からアラビアへ、そしてさらに遠くへと大きな広がりを持って様々な地方の音楽を共鳴させ合うのです。

 

 

 

画像その5

 

 

 

  最後は再びフランスのピアニスト。モニク・ド・ラ・ブルショルリはパリ音楽院で名教師イシドール・フィリップの薫陶を得たのを皮切に、次は偉大なる大ピアニストのコルトー、それからウィーンに行ってフランツ・リストの高弟フォン・ザウアー、さらにベルリンでショパン直系のコチャルスキと当時の最高の先生方をコンプリートする勢いで勉強した人です。が、ブルショルリが凄いのはこれだけ流派も異なる様々な先生についておいて、その教えの全てを受け入れ自分のものにする巨大な音楽家としての器を備えていたという点でしょう。圧倒的な技巧の冴えはまさしく現代のピアニスト。しかし度量はかりがたいまでの豊かな音楽性は彼女が偉大な先人たちからの技術的な教えに留まらず、その生涯までをも自らの血肉にしたかと思わせるほどなのです。彼女が音楽家として頂点を極めんとする時期に不幸な事故で演奏家活動を絶たれてしまったこと、余りに無念と言わざるをえません。
 幅広いレパートリーを誇ったブルショルリですがその中心の一つはやはりショパンでした。4曲書かれた「バラード」はドラマティックで雄大、また華麗さと深い味わいを兼ね備えたショパンの代表作と言える傑作たちですが、彼女はここでショパン円熟期の名品第4番を奏でています。完全に曲と一体化した演奏。さらりと始まる冒頭部分の清楚な美しさ。やがて響く舞踏のリズムの腰の強い躍動感と力感。装飾的に響くパッセージの鮮やかな美しさ。それがどんどん熱を帯び、うねり、巨大なスケールになって鳴り響くクライマックス! 圧巻の一語。一枚のディスクを締めくくるに相応しい演奏と言えましょう。

 

 

 それぞれに個性を持った4人のピアニスト。その素晴らしい演奏は彼らが強い確信を持って自らの演奏解釈を追及していることを感じさせます。彼らはきっとこう思っていることでしょう「これは私のために書かれた作品だ」。

 

ですから私は、ピアノが弾けずただ聴くことしかできない私はそんな素晴らしい演奏を耳にしつつこう呟くのです。
「これは私のために奏でられた演奏だ」と。

 

 

 

 

 

 

 

ライター / 伊藤 圭吾

【担当フロア】 7F 「HOME」
【担当ジャンル】 クラシック
【出身地】 静岡県
【血液型】 AB型
その他 何かひとつくらい楽器が弾けるようになりたかった…